2013年度以前の調査・研究

都市自治体の予算編成手法に関する調査研究

都市自治体の予算編成手法に関する調査研究

少子高齢化の進展に伴う財政需要の増加と今後の税収見込み、さらに長引く景気低迷やグローバル化による先行きの不透明さといった中で、都市自治体は将来の財政負担にも配慮しながら財源を必要なところに効率よく配分し市民の満足行く行政サービスを提供することが求められている。これまでのように景気の波を期待した、ある意味で他力本願の財政運営はもはやできない厳しい状況が続いている。

都市自治体では、厳しい状況にあっても市民の満足いく行政サービスをいかに提供するかと市長以下職員が頭を悩ませてきた。近年では、市議会議員、そして市民も予算や財政について深く考える方が増えてきている。このような背景のもとに、少しでもよい予算をつくろうと全国各地で新しい予算編成手法を考え取り入れる動きがでてきている。

本研究は、このような新しい予算編成手法を積極的に取り入れている団体をヒアリング調査し、その背景、取り入れるまでの関係者の調整や苦労したところ、導入による効果と今後の課題を把握しようとするものである。

 

1 調査手法等について

(1)  調査の対象の選定等について

予算編成手法の工夫はすべての団体と言っていいほど多くの団体で取り組まれているところである。

本研究の対象とする先進事例は以下の点を考慮して選定した。

①    予算編成システムに大きな変更を伴ったもの

②    近年の地方行政を取り巻く環境の変化に対応したもの

具体には、行政評価の活用、情報公開、議会審議等のあり方、市民参加

③    都市センターの調査として多くの都市の参考にしていただくため、団体の規模や地域が偏らないこと

上記の①及び②を整理すると、①については、現場での権限と責任を強めるため、一件の個別査定から部局ごとに一定の財源を査定当局から渡す「財源配分方式」を取り上げ、「合理性」の視点から分析した。②については、「戦略性・合理性」の視点(行政評価の活用)、「透明性」の視点(情報公開―予算要求と査定結果の公表)、「参画性」の視点(議会審議のあり方、市民参加)から、それぞれ分析した。

 

(2)調査手法

本調査は、関西学院大学の稲沢克祐教授のご助言をいたがきながら、当研究室の鈴木主任研究員が現地で担当者の皆様のみならず、議員の方からも本音も聞かせていただき調査した。関係の皆様にはこの場を借りて深くお礼申し上げる。

 

2 新しい予算編成手法の事例

(1)秩父市

秩父市では、限られた行政資源(ヒト・モノ・カネなど)を上手く組み合わせて、より効果的・効率的に行政経営を進めていくため、平成19年度から行政評価を本格的に導入している。秩父市における行政評価の特徴は、「活用を前提とした行政評価システム」という考え方に基づいて制度設計がなされていることである。具体的には、決算議会の資料としての活用、予算編成への活用、実施計画ヒアリングへの活用がある。ここでは予算編成への活用に焦点を当てて、①事中評価の導入、②予算事業と基本(評価)事業の一致という二つの組みを紹介する。

第一に、事中評価である。一般的な行政評価方法である事後評価の場合には、X年度の事務事業をX+1年度に評価するため、その評価結果を反映させられるのはX+2年度の予算編成からとなる。これでは行政評価と予算編成に相当のタイムラグが生じてしまう。そこで、できるだけ直近の評価を反映させるため、X年度の事業を開始して半年程度が経過した時期に事中評価を実施することとしたのである。さらに財政課の意見を取り入れて予算編成の資料として使用可能な評価結果にまとめる工夫をしたことにより、機能的にも行政評価が予算編成を構成する一つの仕組みとなるような制度設計といえよう。

第二に、予算事業と基本(評価)事業の一致の取組みである。行政評価を予算編成に活用するには評価対象事業と予算事業を1対1の関係で整理する必要があることから「事務事業棚卸」を実施して、目的をキーワードとして整理した評価事業に予算事業を統一した。このようにして行政評価結果を予算要求資料として財政課が活用し予算編成に反映しているが、どの程度反映されているかを具体的数字で表せないのが実態であり、この点は今後の課題とされている。

行政評価を予算編成に活用したことにより、職員の中では「事業の選択と集中」、「成果」、「自治体関与の妥当性」という考え方が浸透してきているが、必ずしも全庁的に浸透しているとは言えないようである。意識改革という課題があり、研修の継続的実施が必要と考えられている。

 

(2)北九州市

北九州市では、①各局の経営機能を大幅に強化し、予算編成の庁内分権を大胆に進め、財源を意識した予算編成を行うため、平成19年度から平成22年度予算編成までの間、財源配分方式(枠配分方式)を導入した。また、市政の透明性の向上と市民の予算編成への参画を図るため、②平成20年度予算編成からは各局の予算要求状況を公表するとともに、③これに対する市民からの意見募集も実施している。

財源配分方式を実施したことについては、庁内分権の推進、各局の立案能力の向上に寄与したと認識されている。また、財政危機について全市一丸となった意識づけができたともいう。なお、財源配分方式をやめてからの予算編成では、シーリングを廃止して前年同水準での要求を認めている。財源配分方式の時期は局配分額について財政課が中身を細かく見ていなかったが、現在は「棚卸」の視点から査定方式をとっているそうである。

予算要求状況の公開及び市民意見の募集を実施したことにより、同じ事業に対して正反対の意見が市民から寄せられることもあり、多様な意見があることを知るのは参考になるという。とはいえ、意見が寄せられても財政が厳しいため、次々と予算に反映させていくのは難しい。なお、平成23年度予算編成では34人から意見が寄せられた。ホームページや庁舎及び出張所での閲覧だけでなく、もっと市民が触れる機会を増やしたいと考えているようである。

 

(3)大阪狭山市

大阪狭山市では、多くの市民が身近なところからまちづくりに主体的に関わる市民自治への契機づくりをするとともに、より市民ニーズに即した事業選択を行い、地域内コミュニティの醸成や市民協働の推進、地域内で活動する各種団体の連携を促進するため、平成20年度から「大阪狭山市まちづくり円卓会議(以下、「円卓会議」という。)」に関する取組みを進めてきた。
円卓会議とは、「中学校区を単位として、地域内で様々なテーマに基づき活動する団体等(自治会、住宅会、NPO、市民活動団体、事業者等:引用者注)が自主的に集まり、地域内における課題やまちづくりに関する議論と合意により、市に予算を提案する」組織である。現在、南中学校区、狭山中学校区、第三中学校区という市内3つのすべての中学校区で円卓会議が発足し、それぞれ特色ある活動を展開している。

円卓会議を設置し、市が支援する仕組みができたことによって、今までにないほど数多くの市民がまちづくりに参画することにつながっており、市民にとって従来は非日常的な場所であった市役所が身近な存在になったとの声もある。なお、円卓会議のもう一つの目標であった。NPOやボランティア団体などのテーマ型組織と地縁型組織の融合についてはいまだ道半ばの状態であるという。

 

(4)小松島市

小松島市議会では、議会改革の一環として、市民の生活に直接つながる予算審議及び決算審査を充実させるための2つの取組みを開始している。

1つは、議会が主体となって実施する事務事業評価である。平成19年度から予算審議を行った後に、議決された予算がどのように執行されているか、充分な効果が生まれているか、工夫することで削減できる部分がなかったかなどの視点から決算議案を審査するに当たって、各事業についての適正なチェックを行うために議会が事務事業評価を行い、次年度の予算査定の参考となるよう市長に提出している。

もう1つは、平成20年12月定例会から議員全員が参加する予算決算常任委員会を新たに設置したことである。予算審議時に指摘した事項がどのような形で事務執行に反映されているか、また、決算審査時に指摘した事項がどのように新年度の予算編成に生かされているかを継続的な視点で審査するために置かれたものである。

議会による事務事業評価の効果、課題にはどのようなものがあるであろうか。第一に、事務事業評価によって行政側の前年踏襲主義が改善されてきたという。決算資料の内容も前年の引き写しではなく工夫が見られるようになったそうである。第二に、個別の事務事業も改善されてきた。例えば、市バスの高齢者優待事業について、委託料の算定根拠を明確化するように改善されたケースがある。他方で課題としては、議会評価シートの見直しなどについて改善する余地があるという。

次に、予算決算常任委員会の設置による効果としては、予算審議・決算審査の活性化により、行政には一層丁寧な説明が求められるようになったことから、市職員の意識改革ができたことがあげられる。このように議会改革により市当局に影響を与え一定の成果を上げているが、議会側からすると事務事業評価や予算決算委員会での審議内容がまだ来年度の予算には十分反映されておらず、活かしきれていないと感じているようである。

 

(5)浜田市

浜田市では、予算編成過程の透明性を確保することにより、「市事業」への理解を深めてもらうため、①各部局の「予算要求と査定結果」と②部局別の「主要施策の予算要求と査定状況」を平成18年度当初予算から公表している。

「予算要求と査定結果」では、議会、総務部、企画財政部等の各部局の予算要求と査定結果が、「一般経費」、「義務的経費」、「政策的経費」、「投資的経費」、「新規経費」といった事業別要求区分に沿って整理されている。

「主要施策の予算要求と査定状況」について『平成23年度当初予算説明資料』では、部局別の「主要施策」として23事業が掲載されている。「主要施策」については、要求額と査定額を羅列するのではなく、何を目的とした事業なのか、事業費の内訳はどのようなものなのか、財政当局はなぜそのような査定をしたのか、といった事柄がコンパクトにまとめられている。

財政当局が査定結果の説明を記載することにより、当初予期しなかった効果を生んでいる。形式的な理由でのゼロ査定を避け、実質的な意味のある査定をすべく、制度設計に知恵を絞るなどして担当課と財政当局のコラボレーションが促されてきているのである。更に、浜田市型の公表方法では、意見公募型と比較すれば作業負担も少なく、またせっかく意見を公募しているのに市民からの意見が集まらないといった苦労もない。その意味では、財政当局が必要性を認めれば直ちに着手できる、費用対効果の高い予算編成改革手法の一つと考えられる。

 

3 おわりに

-予算編成過程改革を考える座標軸―

前章で参考となる調査事例を紹介したが、実際に予算編成改革を実行する上で検討が必要なことを、理念、現場(改革を担う人)、時間という、3つの座標軸を設定して整理してみた。

 

(1)  理念―透明性、市民参加、決算・評価の活用―

まず、「透明性」の視点である。今の時代は「透明性」、「説明責任」が厳しく求められる。予算編成の過酷ともいえる作業の中で大変であるが、適切な情報公開等に努めていくことが、市民の予算や財政に対する関心を高めることにつながり、そのことが健全な財政を担保する力となる点を考え、明確に意識して対応する必要がある。

次に「参加」の視点である。議会については関心が高まってきており、議会からの働きかけで十分変革できることであるからここでは述べない。「市当局」として考えなければいけないことは「市民参加」である。自らの意思が反映され、あるいは最終的に取り入れられなかったにせよ検討されることで、予算編成の一翼を担うことになり、満足感と責任感を市民に醸成することになる。これは「透明性」ともつながるが、健全な財政を支える「意識ある市民」の増加にも寄与する。

「合理性」の視点についてであるが、過去の実績・失敗の延長に現在と未来はある。過去の投資(財政支出)がどのような分野にどれだけされてきたかを、類似団体と比較することは自らの強み弱み、投資の効率を考える上で役立つ。決算や行政評価は予算編成との関係ではタイムラグがあるが、今行っている評価に関する情報を活用して、現年度予算の執行の工夫や、編成中の翌年度予算に活用するといった、現場ならではの小回りをすることでより効果をあげることを考えるべきであろう。
また、行政評価を活用する際には、単に数値化された「結果」を見るのではなく、当該政策・施策の趣旨目的等をよく押えたうえで、「評価結果の持つ意味」を考えて対応策を検討する必要がある。単純化して言えば、「成果を上げているから予算増、成果がないから廃止」といったものではないということである。

 

(2)  現場―改革目的の共有・徹底と実務への配慮―

予算編成は、決まった期間に膨大な作業量をこなさなければならないし、予算書内の様々な数字が間違いなく記載されるという「正確性」があわせて要求される過酷な作業である。一方で「編成手法」を変えるとなると、様々なところに新たな負担がかかり、チェック漏れとかトラブルの原因にもなりかねない。

改革が実りある成果をあげるためには、厳しい作業にも配慮しながら、改革の意義を十分に職員に徹底し共有して現場の士気を上げることが必要不可欠である。手法の変更により不要になった資料などは作成しない、させない、またそのために関係者の理解を得るなど幹部を含めしっかりと意識することも必要である。

 

(3)  時間の経過―マンネリ化と手法の併用等のアプローチの多様化―

従来もサンセット方式、サマー・レビューなどの様々な手法が駆使されてきたところであるが、その効果を持続できず、事務事業の見直しや新規予算が困難になってくる、つまり予算の硬直化が見受けられる。予算編成手法を見直すことにより、当初は今まで実施してきた事務事業を別の視点から評価し事務事業の意義から効果まで考え直す機会になり成果をあげるのであるが、時間の経過とともに慣れて定型的な「作業」になってくる、つまりマンネリ化してくることがその一つの原因として挙げられよう。

そこで、さらに編成手法そのものを変えることにより、既存の事務事業を別の面から光を当てて見直す、つまり編成方法を大胆に見直すことが一つの解決策であろう。

とはいえ、予算編成手法の見直しには多大なコスト(予算に係る作業への職員の投入時間等)がかかり、頻繁な変更はいわゆる「改革疲れ」が起こし、職員が変更することの意味を感じられなくなってくるおそれがある。予算編成手法についての抜本的な見直しはある程度の期間をおいて行い、各年度ごとには細かな点での見直し(テーマを設定して取り組む等)を実施するのが有効であろう。また、第2章で取り上げた様々な新しい手法の併用もいくつかの違う側面から見直すことになりマンネリ化に陥る期間を伸ばす効果があろう。

 

(4)  今後に残された課題

最後に今後に残された課題について簡単に述べたい。

第1に補助金についてである。地域が自ら考え自ら課題を解決していかなければならない今日においては、(特に奨励的)補助金が付くから事業を行うのではなく、自ら真に必要な事業は何かを考える必要がある。この観点から一括交付金化の議論など国の制度設計の動きに対しても関心を持ち、声を上げていく必要があろう。

次に予算と人事との関係である。多くの都市では予算と人事は別の部署が担っており、必ずしも連携が取れていないところがある。予算がついても執行がうまくいかなければ意味がない。その執行を担う「人」を適切に配置することは極めて重要である。

第3に議会の付帯決議等と執行する現場との関係である。

議会の大きな役割は予算の審議、承認を通して資金の配分を民主的統制下に置くことにあるが、「付帯決議」により、実質的な執行方法にまでかなり詳細に議会が事実上影響を及ぼすことになっているのではないかと思われることがある。この点について考えるに当たっては、執行機関内での分権化・現場への権限移譲の動きと意義も考慮してみることが必要ではないか。

最後に、市場関係者からの評価と市民の意識についてである。市場の見方が各都市の金利にも影響を与えるケースが見られることを考えると、予算編成方針で起債に関する基本的な方針を明らかにしたり、財務指標を公開したりするのみならず、予算編成過程の透明性を高め、外部への説明責任を徹底することが信認を得るうえでこれからますます重要になってこよう。
また、健全な都市財政を支える最後の砦は市民の意識であり、先に述べた予算編成への市民の参加等を通じ、予算に対する市民の合意、さらに財政への責任に関する意識を高め、健全な市民意識-市民としての財政への責任感―がある都市になることが重要ではなかろうか。

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